(第67号;2008) 久保田 誠 ジュゴンのすむ海辺で
月明かりの照らす嘉陽の浜に下りて、先祖の霊を見送る。「ウークイ」の夜半も間近になると、しだいに通りの向こうの家々から盆が運ばれてくる。揺れる提灯の火を傍らに、一つの盆は一つの家族がつくる小さな行列の影に囲まれながら。薄墨色に包まれた白い浜には一つ、また一つと黒い碁石を置くように、静かな人だかりができる。それぞれが思い思いの場所に小さな砂山を盛りあげると、束になった線香を立ててしゃがみ込み、そっと手を合わせる。波打ち際に居ながら、海を背にして集落の西のはずれにある墓所を見つめるのは、誰でもない第三者の視線である。そして、見送りの言葉を唱えるのは、大人や子どもの影に混じって、とぼとぼとした足どりでやって来る先祖に一番近い人。「じいさん、ばあさん」というつぶやきは、たぶん先祖の霊へのねぎらいであるが、同時に未来に向かって孫の世代への呼びかけにも聞こえる。そうして目に見えない世界を取り戻すとき、そこにあるものが見える。線香の火が消え入るまでに、果たしてその世界の広がりに想いを廻らすことができるだろうか。やがて言葉が終わると、一人また一人と腰を上げ、その場を離れてゆっくりと通りの向こうの家々に戻ってゆく…
ここにはただの風景ではない、破壊されない自然がある。自然という言い方があまり日常的でなければ、大きい世界の広がりとでもいったらよいだろうか。もちろん、普段の暮らしの場面のほとんどは、むしろ小さい世界の広がりで生きることである。なぜなら、何が現実的な選択かという問題は、ひっきりなしに目の前に引き起こされており、そこでどのような判断をするのかという内容は、同じような選択を繰り返すことでほぼ決まってしまうことの方が多いから。実際に、自分をこの混迷した世の中の一部として認めるよりは、世の中から離れて自分の世界をつくることの方が容易であるかも知れない。およそ人の世の現実は、その理不尽さを常に身にまといながら目の前に現れるがゆえに。この世の中に組みする自分を見つめ、そこにこだわるという進み方は、おかしなことではなくあたり前のことである。しかし一方で、そうしたことを受けとめるのがなぜ難しいのかといえば、それは未知の世界の不安を引き受けることに等しいから。いつでも自由に生きたいという思いとは裏腹に、対話を拒むことで他者をしりぞけ、世界の広がりを自ら閉ざしてしまうことが多い。
仮に、「人知をこえたところに信仰が成り立つ」とすれば、それは文字通り、個人の理解が他者と関わることによって変化するということである。自分の領域をこえた世界の広がりに気づいた時に、思わず驚きの声をあげずにいることは誰にもできないであろうから。そうした時に、周囲の様子が今までと違って見えるとすれば、それは自分が生きているという事実以外の何ものでもない。一般に信仰とは、自分が生きている世界の広がりへ連絡をつけること、つまり他者を受容するということに他ならない。そして「世の中、おかしなことばかり」であるにもかかわらず、一つの希望が許されるのは、人間は思うより精巧にはつくられておらず、またそれゆえにしなやかなからだ(かたち)をしているということによる。つまり、人間は自分にも未だに知られていない知恵を、その内に持っているということである。例えば、見ず知らずの人にさえ親しみを覚えることができるのは、その証であるといってもよいのかも知れない。あるいは、先祖の霊が普段の暮らしに行き交うことで、現実に閉じ込められてしまった自分の姿に気づくことができるのかも知れない。
「みかんの木も自分の年齢を知っているらしい」そうつぶやくのは、「あごら」の2Fに暮らしているこの建物の家主さん。アスファルトで覆われた駐車場の片隅に枝を広げた大きな木は、数年前には子どもの背丈ほどしかなかったという。毎年たくさんの実をつけるようになったみかんの木は、今では秋ごろになると道をゆく近所の人の目を存分に楽しませている。みかんの木には、みかんの木の自然があるということだろうか。地面に散ったみかんの花びらを掃き集める家主さんの姿を見ながら、ふと思い出したのが、昨年の夏の「ウークイ」のことであった。人間の自然とは何かという問いの向こうには、平和に暮らすという課題が横たわっているはずである。ジュゴンのすむ海辺に暮らし続けてきた人々の歴史に、わたしたちは今、どれくらい向き合うことができるのだろうか。