(第56号;2006) 古賀徳子 「わたしと『平和の文化』3」(終)
私は沖縄陸軍病院の看護婦の役を演じたことがある。「黄金南風の詩」という南風原町町民劇場の一場面。六十人を超える出演者・スタッフといっしょに劇を創り上げた満足感はあったが、上手な演技ではなかったと思う。しかし私にとっては印象的だった。なぜならその後、まるで自分が沖縄戦の一部を体験したような気がして、看護婦や学徒隊が他人とは思えなくなったからである。しばらくの間、証言を読むと涙があふれた。自分の身体で表現したことで、私は役に対する強い共感を抱くことになったのだ。
演技をする、ということに抵抗を感じる人は少なくない。だが、観客に見せるというよりは、役者や観客が対話し、演じながら考えるための演劇も存在する。人と人とのつながりをつくる(プレイバック・シアター)、学びを深めていく (学びの即興劇)、あるいは社会変革をめざす(フォーラム・シアター)などで、これらは準備されたシナリオではなく、その場にいる人が自分の経験や知識、気持ちをもとにつくりあげる即興劇である。私は沖縄国際大学で環境問題をテーマに「学びの即興劇」を行う武田富美子さんの紹介で、三年前にプレイバック・シアターと出会った。
プレイバック・シアターのワークショップでは、参加者がストーリー(個人的体験の話)を語り、それを別の参加者が即興で演じる。
ストーリーは過去の思い出や日常のできごと、夢や空想など様々であるが、その人の人生の一片を表現している。誰もが語り手になり、役者になって、互いの人生のストーリーを分かち合うのである。初めて自分の語ったストーリーが演じられたとき、私は「自分が大切にしてもらえた」と喜びでいっぱいだった。ふだん「もっとがんばらなければ」とか「私ってダメだ」など硬くなっていた心とからだの緊張が解けて柔らかくなった。それに、他の人のストーリーを見ていると、一人ひとりの人生が目の前に浮かんできて、それぞれがかけがえのないものに思えてくる。
つまり、ありのままの自分を受け入れる感情(自己肯定感)と他者の尊厳への尊重感が高まったということだ。私は、こうした感情が「平和の文化」に欠かせないと考え、演劇(的表現)による平和学習の可能性を探るようになった