(第54号;2006) 古賀徳子 「わたしと『平和の文化』」
私が「平和」というものを考えるようになって、そう短くはない年月が経ちました。現在私は沖縄国際大学の教職総合演習という科目で、平和をテーマにしたワークショップ(参加型学習)を行っています。そこでは特に「あらゆる争いを、人間の尊厳を尊重するような精神、寛容と非差別の精神をもって平和的に解決することが可能になるような価値観の形成、態度、行動の様式ならびに生き方」つまり、「平和の文化」 を身につけることが目標です。対立する他者がいかに異質で理解不可能に思えたとしても、相手が尊厳を持つ人間であることを忘れず、平和的な解決を図るべく努力するような態度や生き方と言えばわかりやすいでしょうか。もちろん、それを身につけるのは私にとっても簡単ではありません。人間関係がこじれると、「話し合ってもムダ、無理に和解しなくて結構」といった気分になるものです。それでも、普段からワークショップで他者の個性を認め、違いを受け入れるとか、相手の話をしっかり聞く練習をしておけば、一方的に相手を決めつける危険を減らすことができます。
平和学者ガルトゥングは、平和学と健康学の類似点を説明しました。私はそれをこんな風に理解しています。自分を健康にしたいなら、毎日の食事に気を配り、体を動かして日常的に努力しなければならない。同じように、社会を平和にしたいなら、毎日の生活の中で、自分自身と他人の尊厳を尊重し、対立を平和的に解決していかなければならない。寝転がって健康番組を見ていても健康になれないように(私のことです)、平和をきずくためには自分の生活を変える必要があるのです。
例えば、こんな光景を思い浮かべてみてください。私が糸数壕で小学生50人の前に立ち、何か説明しようとしています。ところが、興奮した子どもたちの騒ぎはいっこうに収まりません。すると引率教師が(私に気を使って)生徒を厳しく叱りつけます。口を閉じろ、黙って話を聞けというわけです。子どもたちにメッセージが届きました。「平和は強制されるもの」というメッセージです。
このように知識を頭に詰めこむのではなく、自分の目で何かを発見し、その発見を他人と分かち合う場をつくる必要があります。無防備地域宣言・沖縄ネットワーク主催の「平和力」短期集中講座で、「非暴力」をテーマにワークショップを行いますので、ぜひご参加下さい。