(第51号;2005) 杉田明宏 「平和と心理学(2) 戦争被害者への援助」
戦争被害者の心理的傷
慰霊の日の直前、沖縄戦時の読谷村民の証言の記録が放映された(NHK「沖縄よみがえる戦場」)。このなかで、当時二六歳だった女性がチビチリガマでの「集団自決」時に五歳の長男を失った体験が紹介された。彼女は長男がいたことさえ家族に語らずに暮らしてきたが、六〇年目の今年、当時の自分と同年齢になった孫娘を前に初めて「その時」を語った。「生きててよかったね、オバア」と漏らす孫娘に「よかった」と応じる安らいだ表情がたいへん印象的であった。
この女性のように、思い出すことがつらい、話しても体験した人しかわからないと、誰にも話さない(話せない)まま戦後を生きてきた人は多い。また、PTSD・精神分裂病などの精神障害を抱えることになった人々も少なくない。同番組でも、大宜味村渡野喜屋での敗残兵による避難民虐殺で夫を惨殺された妻とその息子(当時八歳)が精神を病んだことが紹介されていた。六〇年代の調査では、沖縄戦当時一〇?二〇歳代の年齢層にとりわけ精神障害の罹患者が多かったという(『争点・沖縄戦の記憶』など)。戦後六〇年を経てなお、個人の胸の内に抱え込まれたままの記憶が散在する。それは心身の不調や病をもたらす場合もあり、また、人格形成・社会生活の歪みとなって現れる場合もある。
心理学からの援助とは
さて、こうした人々に対し心理学的側面からはどのような援助が可能であろうか。現実の矛盾に立ち向かおうとする心理学(精神医学も含む)において近年注目される領域として「マクロ・カウンセリング」をあげることができる。カウンセリングというと、相談室のなかでカウンセラーと一対一でクライエント(来談者)の悩みを解決する、という伝統的手法が一般的にイメージされるであろう。もちろんこの方法が有効なケースはあるが、個人が抱え込んでいる矛盾・葛藤を解決するために、その背景となっている外的・社会的矛盾を同時に変化させる必要性があるケースもまた多々存在する。マクロ・カウンセリング社会的な課題と個人への援助活動を統合する体系である。その活動内容として、個別カウンセリング/心理療法/援助ネットワークの促進/専門家の組織化/クライエントグループ活動の組織/人間関係への仲介・媒介/福祉援助/情報提供・助言/専門家への援助/クライエントの代弁・権利擁護/社会変革/危機的状況への介入/当事者の関係調整/心理教育と、多様な役割が提起されている(井上孝代『共感性を育てるカウンセリング』)。
たとえば、「集団自決」場面で肉親を死に至らしめ、自らは生き残り、親族に言えずに生きてきたという経験があったとすれば、その人は当該の出来事自体とそれを隠しているという二重の罪悪感を抑圧して生活を送る負担を背負っている可能性がある。その後正常な社会生活を送っている人でも、そのことにより、幸福感の喪失、感情の麻痺、建設的な未来像の喪失などが見られることもある。こうしたPTSDからの回復は、同じことが二度と起こりえない環境が確保される→その上でもう一度その出来事を想起し、死を悼む→そのことを踏まえて、社会的関係(人間関係)を新たに結び直す、というプロセスである。
マクロ・カウンセリングのカウンセラーであれば、前述の多様な機能を、一人で、あるはチームで分担して駆使しながら、対象者の回復プロセスを援助することになるであろう。たとえば、相談室や心療内科において、精神的自覚症状を訴えるその人に、個別にカウンセリングや心理療法で対応するかもしれない。また、その症状の主たる原因に前述のような罪悪感がある場合、安心できる関係を家族との間につくりながら、体験を受け止めてもらえる環境を整えることが必要となるかもしれない。あるいは、類似の体験を経て一歩先の段階にある人々とのグループに参加を勧めるということもありうる。生活上の困難があれば介護・福祉システムを利用できる援助を行う。あるいは、必要に応じて支援制度を新設したり、「集団自決」への歪んだ評価を是正するために社会的アクションを行政やマスコミ・NGOを通じて起こしていくことになるかもしれない。
このように、心理学がカウンセリングを通じて戦争被害者を援助していくことを構想できる学問的展開が生まれているが、内実をつくっていくのはこれからの課題である。もちろん、この作業は平和行政や村史編さんの聴き取り、平和教育、平和ガイドなどですでに援助的活動を担っている人々との共同がいかにつくれるかが鍵となるであろう。