(第50号;2005) 杉田明宏 「平和と心理学(1)平和のロール・モデル」

平和のヒーロー?

 さる6月、東京都内で開かれたルーマニアの平和学者カイ-ヤコブセン氏の平和ワークショップにおいて、次のような問いかけがなされた。

「10の戦争・紛争の事例と10人の戦争ヒーロー(軍人・武将)の名前を思い浮かべてみてください。」

 研究者・大学院生を中心とする参加者はしきりとうなずいている。私も歴史や現代史の知識を呼び起こし難なくクリア。その様子を見てカイ氏は続ける。

「あげられますね。では次。紛争・対立を非暴力的に解決した事例を10、平和・非暴力のヒーローを10人、あげてみてください。」

 参加者の反応は先ほどより少しにぶい。私はといえば、阿波根昌鴻さんなど、沖縄の闘いの歴史に思いめぐらせてなんとかクリアした。世界各地でこの発問を使ってきたカイ氏は、高校生ぐらいになれば戦争のヒーローはすぐにあげられるが、平和のヒーローはなかなかあげられない、と述べた。これは、平和活動や平和教育のために利用可能な「平和の資源」(組織、制度、施設、文化、人などを含む)を創り出す必要性を説くなかでの一コマであった。私はこのとき、沖縄は「平和の資源」が実に豊富な社会であることを実感した。


平和のロール・モデル

 前述の「平和のヒーロー」は、もう少し広げて「ロール・モデル(役割モデル)」と言い換えることができる。ロール・モデルとは、信頼を寄せ、あの人のようになりたいと思う目標となる対象のことである。近年、成長途上の子ども・若者、男性社会のなかで働く女性、よりよい生活を開拓したい障害者、新しい職業分野への挑戦者といった人々を援助・サポートしていく議論のなかで、さかんに話題にされている。より一般化するならば、社会的弱者・マイノリティーの地位にとどめられている人々が困難な現状を切り開いていこうとするときに、目標イメージ、行動方法の示唆・ヒントを提供し、行動への動機づけを与えてくれる現実の人物(もしくは集団・組織)である。ロール・モデルは、広く社会的評価を受けている場合もあれば、「私にとっての」という個人的な位置づけにとどまる場合もあり、どちらでもかまわない。それは、ロール・モデルを提供する立場からいえば、多様なモデルを用意する必要があるということを意味する。

 さて、平和活動が戦争・基地を含むさまざまな暴力に立ち向かい、その状況を転換していくという困難な課題を遂行するものであってみれば、ここでもロール・モデルの果たす役割は大きい。それが平和のロール・モデルであり、ユネスコの平和学習においても重要な位置づけを与えられている。戦争・暴力をなくしていきたい、いくべきという思いがあっても、社会的差別を受ける困難が予想されたり、社会的表明の仕方を知らなかったりすれば、社会的行動をおこすことはむずかしい。この「思いを行動につなぐ」役割を果たすのが平和のロール・モデルであり、平和心理学の実践的なトピックのひとつである。


沖縄と平和のロール・モデル

 冒頭にも述べたように、沖縄社会には、沖縄戦の忘却との闘い、戦後の土地闘争、現在の基地被害との闘いが続くなかで、多数の平和のロール・モデルが存在する。おそらく元学徒や沖縄戦体験者の方々は、証言活動を通じた平和学習支援・平和活動のイメージを、体験世代やその後継世代に提供し続けている。故・阿波根昌鴻さんをはじめとする反戦地主の方々、「土地を守る会」といった組織の存在は、さまざまな基地被害に苦しめられている住民の思いを非暴力直接行動へとつないでいった。

 さらに、そうした存在をロール・モデルとしながら県内外の若者に戦跡や基地をガイドしている「平和ガイド」の方々も同世代や中高生にとっての平和のロール・モデルとなりうる。たとえば、学生の平和ガイドのメンバーのなかには、高校の沖縄修学旅行で触れた学生ガイドの活動に惹かれて沖縄の大学に進学してきた人もいる。また、同じく修学旅行で元学徒のガイドに感銘を受けた静岡の女性が、平和ガイドになりたいと、沖縄のバス会社に就職したというニュースも報じられていた。

 平和のロール・モデルは、沖縄における重要な平和の資源であり、より多様なタイプのモデルを平和学習・体験継承に活かしていくことが期待される。その際、教師・講師自身が平和のロール・モデルとなりえているかという視点も忘れてはならない。


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