(第48号;2005)  麻生 透 「ハンセン病問題について」

 巨大企業の起こした水質汚染を告発し、アメリカ史上最高額の和解金を勝ち取った女性の実話をもとにした映画「エリン・ブロコビッチ」。嘘みたいにみごと過ぎるサクセスストーリーの映画だが、そのなかにとても印象に残るシーンがあった。被告側と原告側との和解交渉の席上、被告側の示した和解金の額面に怒りを露わにしたエリンが、「あんたの脊椎の値段を真剣に考えてみてよ?」、「あんたはいくらなら自分の子宮を売れる?」と企業側代理人相手にまくし立てるシーンである。

 たとえば二人で早起きしてジョギングする夫婦としての時間、あるいは庭で水遊びする子どもを見守る母親としての時間、健康被害によって失われたこのような時間はいくらお金を貰ったところで元には戻らない。この企業が垂れ流した六価クロムによって脊椎障害や子宮摘出に追い込まれた被害者の気持ちをエリンは代弁した。法治国家としてのメンツを潰さない程度に設けられた損害賠償制度など最低限の救済措置にしか過ぎない。この原告たちが本当に欲したものはお金ではなく、被害者の苦悩と真摯に向かい合い、失った時間や生活を回復していくことなのだと、エリンは言いたかったのではないだろうか。

 この映画をレンタルで観てから半年をへた頃、「ハンセン病国家賠償請求訴訟」の熊本地裁判決が出された。この訴訟には沖縄からも多くの原告が立ち上がり注目された。この判決の対象となった第一次から第五次までの提訴者のなかには三人の沖縄原告が含まれていたが、本土とは異なる経過をたどった実情について立証が尽くされていないとされ、被害認定は四段階のうち最低額の800万円とされた。本土復帰前の被害が除外され、復帰後のみの賠償に限定された判決内容だった。その後結果的には全国規模の基準となったが、一時的とはいえ沖縄の原告の被害が安く見積もられるということが起きていた。

 沖縄県発行のハンセン病問題啓発パンフのなかに「沖縄県は日本で唯一、病状が軽快した患者の療養所からの退所や在宅のまま治療できるような、先駆的な対策を行なってきました」という記述がある。読みようによっては絶対隔離が建て前であった本土の制度よりも、患者にとってやさしい制度であったかのような印象を受ける。しかし、本当に沖縄のハンセン病医療は先駆的?だったのだろうか。

 戦前・戦中、日本軍は沖縄で大規模なハンセン病患者の強制収容を何度も行なった。加えて戦後には米軍による徹底した強制収容が行なわれた。このような度重なる強制収容の様子が沖縄の人々の脳裏に「ハンセン病は怖い」という偏見を深く焼きつけていったに違いない。

 琉球政府時代に施行された「琉球ハンセン氏病予防法」では、日本本土の「らい予防法」にはない「軽快退所」や「在宅治療」が認められた。その結果、沖縄には入所者数を上回る多くの退所者が療養所外で生活を送っている。しかし、多くは差別・偏見を恐れ、家族にさえも病歴を隠して生きるしかなかったことや、後遺症の治療のための十分な医療機関は限られ、病歴を名告れないことから福祉的恩恵に与かることもほとんどなかったことなど厳しい現実を証言している。

 最近の研究で、開放医療の本質は退所者に自由な生活を保障するものではなく、ハンセン病にかかわる医療費の経費的節約が主題であったことが明らかになった。「社会復帰」という美名は誘い水、退所者は差別・偏見の色濃く残る社会に放り出された。ほんのわずかな自由と引き換えに、多大な苦悩を強いられた。ある退所者はこれを「社会潜伏」と表現しているくらいだ。開放医療といっても、まず隔離ありきの制度である。「社会復帰して苦労するくらいなら入園していたほうがよい」というかたちで、一方では隔離政策を補完することに作用することもしばしばあったに違いない。

 前述の通り、熊本地裁判決は沖縄原告の被害、苦悩を十分に明らかにすることができなかった。そのため現在、沖縄愛楽園、宮古南静園の両自治会を中心に証言集発刊に向けた聞き取り調査が進んでいる。また、琉球大学の森川恭剛氏や沖縄平和ネットワークの吉川由紀氏などによる地道な研究の秀逸な成果がある。このような動きによって「癒しの島」のイメージとは程遠いハンセン病に関する沖縄の闇の部分が次々と明らかになってきている。

 熊本判決は、国のハンセン病対策が「誤っていた」ことを明らかにしたと同時に政策に追従することで自身の偏見差別を省みることのなかった私たちの姿を明らかにした。このことはまた、ハンセン病問題が社会と個人の両方の課題であることを示している。沖縄が名実ともに「癒しの島」となるためには、じっくりと被害者の苦悩と真摯に向かい合い、失った時間や生活を共に回復していくことが個人にも行政にも求められているのだ。

 まだまだ、ハンセン病問題は終われないのである。私たちとこの社会は最低限の償いしか、まだ実現できていないのだから。


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