(第47号;2004) 麻生 透 「沖縄靖国訴訟について」
このところの靖国問題は中国や韓国などのアジア諸国との国際問題という脈絡でマスコミに取り上げられることが多い。しかし、この解釈は間違いではないが、靖国訴訟の本質を言い当ててもいない。
戦争に必要なものは「兵士」「武器」「基地」だと容易に想像できる。その他に必要なものは「法律」、そしてもうひとつ重要なものは「やる気」である。戦争という殺戮を正当化し、国のために命を捨てて闘うための「やる気」の醸成に大きな貢献を果たしたものが宗教であった。とりわけ、その中心となったのが国家によって創出された「国家神道」であり、その総本山としての靖国神社なのである。
このような靖国神社の性格を熟知したうえで「尊い命を犠牲にして日本のために戦った戦没者たちに敬意と感謝の誠を捧げるのは政治家として当然であり、内閣総理大臣に就任したら、いかなる批判があっても靖国神社に必ず参拝する」と小泉氏は総理になる前から「やる気」満々だった。参拝の折にはわざわざマスコミが到着するのを待ってから参拝し、「総理大臣小泉純一郎」と記帳した。「首相である小泉純一郎が参拝した」とマスコミを利用して公的参拝であることを強調した。ところが裁判が始まると「私人として参拝した」とまったく逆の主張を始めた。表向きは「公的」を装い、裁判の書面のなかでは最後まで一貫して「私的」を主張するという二枚舌を使っている。2004年11月25日の千葉地裁でも私的参拝という主張は否定され「公的」と認められた。「公的」とする判決は3例目となり、追い込まれた小泉首相は「わたしの勝ちですから」と開き直った。
百歩譲って、戦没者の追悼施設に国の代表者がどうしても行きたいのであれば、それは「感謝と敬意」を捧げるのではなく、「謝罪と誓約」を捧げるべきだ。つまり「国のために命を捧げてくれてありがとうございます(感謝)。あなた方を尊敬し見習っていきます(敬意)」と言うのではなく、「国の誤った政策(戦争)の被害者にしてしまいごめんなさい(謝罪)。もう二度といたしません(誓約)」と明言するべきだ。根本的にもっと大切なことは戦没者を生み出さないことであり、戦争をしない国は靖国神社もそれに代わる国立追悼施設も必要ないのである。
戦前・戦中の歴史認識を懐かしむ人たちのなかには、いまでも靖国神社を精神的な支えとし、靖国神社の国家護持50年以上も願いつづけている人もいる。着々と戦争のやれる国へと変貌している昨今、小泉首相の参拝行為は過去の戦争を正当化するとともに、戦争の「やる気」醸成装置としての靖国神社の復活を狙い、今後の戦争に備える動きなのである。靖国訴訟の目的は、宗教、伝統、教育、マスメディア、サブカルチャーなどを使用してジワジワと「やる気」を醸成しようとする動きにストップをかけるところにあるのだ。
靖国神社では基本的に軍人・軍属の戦没者のみが「英霊」として祀られている。しかし広島・長崎の原爆や各地の空襲で亡くなった住民、あるいは2,000万人といわれるアジアでの戦争犠牲者などは祀られていない。ところが靖国神社はこのような差別性を否定することにも熱心で、靖国発行のパンフのなかには合祀されているのは軍人・軍属だけではないことが記されており、その具体例として「ひめゆり」・「白梅」などの学徒隊、「対馬丸」事件で幼い生命を断たれた児童たちが祀られていることがあげられているのである。沖縄戦の悲劇の象徴的なトピックである「学徒隊」と「対馬丸」、この両者がこのようなかたちで靖国神社のイメージアップに利用されていることはとても許し難い。
実は「学徒隊」と「対馬丸」に限らず多くの沖縄住民が「援護法」適用と同時に、遺族の許可なく勝手に靖国神社に祀られている。当初「援護法」は軍人・軍属のみに適用されていたが、地上戦が行われた沖縄では戦闘に巻き込まれた一般住民に対しても援護法が適用された。援護法の適用を受けるためには事実を捻じ曲げて皇軍に対して何らかの協力をした「戦闘協力者」であったと申請させられたと聞く。この「援護法」の適用者情報が国から靖国神社に渡り、本来は被害者であるはずの沖縄住民が尊い命を犠牲にして日本のために戦った英霊として祀られているのである。戦争に巻き込まれた沖縄住民の死をも、国家のための死に変えて、死後もなお国家に命を捧げた英霊としている靖国神社。「援護法」と靖国神社によって沖縄戦の実相は歪めつづけられている。
住民の視点から沖縄戦を掘り起こし実相を伝えていくという、沖縄平和ネットワークの活動に代表される沖縄の平和学習がいかに大切なものかわかる。
小泉首相の靖国神社参拝に対しての訴訟は全国6地域で起こされ、大阪・松山・福岡・千葉の各地裁で判決が出された。大阪・松山ではすでに控訴審が始まっており、千葉でも控訴が決定した。地裁判決が残っているのは那覇と東京だけとなった。沖縄は来年1月28日午前10時から地裁判決を迎える。ぜひ多くの方に注目して欲しい。時間的に都合のつく方は裁判所で、ともに判決を見届けてくださることを願っている。