(第40号;2003)  津多則光 「沖縄戦を伝える その3
                          〜伝える運動体」

四つの柱

 本会は「学習」「研究」「運動」体としての役割をもつ、と私は考える。学び、究め、そして行動化する。もちろん、三つの役割にはそれぞれの立つ位置によって多様化する。私の「運動体」は四つある。大学での講義、地域活動、現場ガイド、そしてインターネット発信である。今回は「地域活動」に絞る。

 地域における沖縄戦の継承で戦争体験を掘り起こすことはもっとも重要な役割であるが、私の地域ではまだ体験者の記録がない。そのこと自体重要な克服すべき課題だが、それでも地域で「沖縄戦」を伝えることは重要である。

 機会の一つは、有事法制(案)の国会審議が始まった時にきた。地元新聞社が各首長の意向を発表したが、私たちの首長は、「有事法制賛成」「今国会成立賛成」「(有事法制は)憲法には触れない」「憲法改正賛成」と、数少ない反動的な回答をしていた。

 

きっかけは首長アンケート

 某町議に連絡し、町長の真意を問いただす行動を起こすことになり、その一貫として「有事法制学習会」を開き、知力を高めて町長に会おうということになった。

 しかし、学習会において法案そのものの危険性の指摘だけでは、その実態が浮き彫りにならない面がある。法律条項そのもののもつ避けて通れない特徴だから、いくら条文を具体的にかみ砕いても結果は同様である。したがって、法案の条文そのものの学習よりも、各首長の回答が、法案のどの条項にもとづくのかという点に焦点をあて、より具体化させた。

 それでも法案の危険な性質は理解の段階に留まってしまう。つまり、現実に起こりうる法案の現実的な危険性を感性として実感するにはまだ遠いことを意味する。法案に対する認識は、それが知力となり行動の源としてのエネルギーにならなければ現実の行動として動きださない。

 その課題を克服するために、有事法制と沖縄戦を結びつけた。有事法制が戦争の仕組みそのものを企図していたからである。戦争を行う側にはそれなりの論理がある。それは、戦争が一部の者だけでなく、国家の総合力でしか行えないことと関連する。具体的には、国民の総意が戦争に賛成し、協力し、推進する側に立たなければ成立しないことを意味する。したがって、国家権力は、つねに国民の意向と対置しながら、戦争遂行の方策を企図するのである。

 

有事法制から沖縄へ

 現在の有事法制の企図が即戦争の企図と繋がることは必然である。もちろん、国際状況や時代の変化という要素は異なるが、国家権力が戦争を起こす本質は同じである。その本質というのは、どのような法制によって戦争を準備し、始め、進め、国民を巻き込んでいくのかということである。

 そのような観点からの「有事法制」学習会の成果は、もちろん、町長との交渉でも効果を現わしたが、発展的に「沖縄戦学習会」の開催ということになった。

 そこで地域の証言記録のないなかで、先進的な市町村の記録から、本町に関する記述を収集したのである。

1.戦前の状況、
2.日本軍の駐屯(日本軍の配備、徴兵、10・10空襲、防衛隊、徴用、供出)
3.疎開・避難の通過点
4.戦況
5.住民の避難状況
6.捕虜・難民の移送中継地
7.収容所生活
8.帰村の中継地

 沖縄戦において、詳細な地元の状況を知った学習会の参加者(小学生や中学生も)は、改めて地域と戦争の係わりの認識を深めたのである。地域の状況というのは地域の人でなければならない、ということではない。限定して捉えることは禁物であろう。

 しかし、そこには決定的な欠落もあった。それは、地域住民そのものの状況がまったくないこと(項目5)である。当然のことではあるが、地域の状況がはっきりしてきたこととは裏腹に、そのとき住民は何をしていたのか、この空白は大きな衝撃を与えた。

 そのことが新たな課題・要求となって沖縄戦の体験の聞き取り調査への要求となって発展していくことになる。


Copyright(C) 2005 Okinawa Peace Network. All rights reserved.