(第39号;2003)  津多則光 「沖縄戦を伝える その2
                          〜戦争をどう捉えるか」

戦争って何?

 戦争を伝える者にとって、戦争をどう捉えるのか、その本質を取り違えれば伝える根底が曖昧になることを考えれば、重要な核心である。

 一般的には概ね次のような説明がなされる。

 (ア)戦争は人間を人間でなくしてしまう。

 (イ)戦争は人間の持つ悪が顔を出す。

 (ウ)戦争は残酷(悲惨)なものである。

 例えば、(ア)「戦争は人間を人間でなくしてしまう」という説明にはかなりの説得力がある。沖縄戦の証言も多くそれを語っているし、想像的にも納得できる。それは、戦争が異常性によって成り立つことを私たちがよく知っているからである。

 

戦争は生産する

 では、戦争とは何か、という質問にどう答えるのか。私は戦争を説明する時、戦争はあらゆるものを破壊する、という概念規定をする。破壊の対象は、人間の肉体や精神だけでなく、生活、文化、経済、自然etc...である。逆に、戦争は何一つ生産しない(戦争=非生産)、とも言える。これに対して次のような反論が出る。つまり、近代社会の快適な生活の基盤は、戦争を前提とした先端技術の再生産による、と。しかし、これも論法のマジックであることは簡単に見破ることができるであろう。

 また一方、やや自虐的な(エ)「戦争は人間の闘争本能に基づく自然淘汰である」という説明がある。人間を含む動物には闘争本能があるが、元来本能は生命体維持のために働くものである。これは自然の摂理である。(ここから被侵略者の「抵抗戦争」というもう一つの戦争概念が成立するがここでは割愛する)。

 では、戦争とは何か、という質問にどう答えるのか。私は戦争を説明する時、戦争はあらゆるものを破壊する、という概念規定をする。破壊の対象は、人間の肉体や精神だけでなく、生活、文化、経済、自然etcである。逆に、戦争は何一つ生産しない(戦争=非生産)、とも言える。これに対して次のような反論が出る。つまり、近代社会の快適な生活の基盤は、戦争を前提とした先端技術の再生産による、と。しかし、これも論法のマジックであることは簡単に見破ることができるであろう。

 また一方、やや自虐的な(エ)「戦争は人間の闘争本能に基づく自然淘汰である」という説明がある。人間を含む動物には闘争本能があるが、元来本能は生命体維持のために働くものである。これは自然の摂理である。(ここから被侵略者の「抵抗戦争」というもう一つの戦争概念が成立するがここでは割愛する)。

 

戦争は本能のせい?

 この自然の摂理を無視し、闘争本能を逆に働かさせるのは、人為的な敵愾心の培養(意図的計画的教育)の結果である。つまり、これが侵略戦争の最も核心に触れる本質である。突き詰めて言えば、(侵略)戦争は、自然の摂理に反し、あらゆるものを破壊することを目的とした意図的計画的な人間の行為である、と言えよう。

 私たち人類を含む生命体は、その存在の根源において「生産」によって進化・発展してきた。このような生命体を破壊するのが(侵略)戦争の本質である、と捉えるならば、私たちが(侵略)戦争を否定する必然の根拠がここにある、と私は思うのである。


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