(第38号;2003) 津多則光 「沖縄戦を伝える その1
〜ガマの中での暗やみ体験」
「ガマに入って平和学習はこと足れり」
ガマの中で暗やみを体験させる意味は何だろうか。
学習者にとって、ガマでの「暗やみ体験」が目的化されてしまったところから、「ガマに入って平和学習はこと足れり」という認識が生まれてきたのではないだろうか。そして、そのような認識を生んだ背景には伝達側の錯覚があったのではないか、と最近考える。われわれが行ってきたガマでの平和学習のスタンスを振り返ってみることがいま重要であろう。そのことは、「ガマに入って平和学習はこと足れり」とする認識とどう向き合うかということが問われることになる。
私は、〈ガマに入ることそのもの〉の条件が設定されていること自体を素直に受け止め、その条件設定を出発点として考えたい。なぜなら、この問題は、伝達側がその条件設定にどれだけの意味を持たせることができるのかにかかっていると思うからである。したがって、仮にその意味づけをし得ないならば、どのような対策が取られようと根本的な解決には至らないと考える。

ガマに入る意味
私は、ガマの中での「暗やみ体験」について、伝達側に錯覚があった、と言った。確かに「暗やみ体験」が学習者に与える学習衝撃は強烈である。そのことが、伝達側を「暗やみ体験」そのものの衝撃度に留まらせたのではないか、ということである。では、何が真の目的であるのか。それは、「暗やみ体験」によって、学習者が揺れ動かす脳裏の振幅に、われわれは何を織り込むことができるのか、ということである。それは、懐中電灯を消した1分間に、学習者の一人ひとりが何を感じ、何を考えたかによって決定される。厳密に言えば、伝達側が、懐中電灯を消すまでの間(事前学習も含めて)にどれだけの沖縄戦を伝えられたか(量ではなく)によって異なってくるはずである。
仮にその内容が確定化された知識で埋まっていたとすれば、学習者は、それらの断片的な知識を反芻するであろう。また仮に、その内容が知識の集積ではなく、そこから形成された認識過程であれば、彼らはそれぞれの認識段階においてその認識の翼を広げていくであろう。
沖縄戦の集積された知識を語ることはそれなりの意味を持つが、それだけでは沖縄戦の本質を伝えることはできない。たとえば、「20数万人の死者」と「日本軍の食糧強奪」を確定された知識として語ることと、この2つの事実ががどう結びつくのか、という視点で語ることは明らかに異なる。そのことが、学習者のガマの中での「暗やみ体験」にどのような結果を与えるのか、十分に検証されなければならない。その意味では「ガマに入って平和学習はこと足れり」は正しい認識と言えよう。
学習者は未知(無知ではない)であるから学習者になり得るのである。彼らに対して、伝達者は、沖縄戦の何をどのように伝えなければならないのか、課題は大きい。

「伝える」と「与える」
「沖縄戦ガイド」の裾野が広がり始めた頃から、沖縄戦を語るとき、「与える」という意識も広がり始めたように思う。「与える」意識によって語られる一つは、沖縄戦に関する事実(集積された知識)であり、あと一つは自分自身に内面化された沖縄戦の価値(思想・意識)であるが、これらを与えることはきわめて安易であるがゆえに危険な面をもつ。
ここで指摘する一つの危険性とは価値(思想・意識)の押しつけである。沖縄戦の事実(あるいは証言)を語りながら、それに伴う価値意識を語っている場合がある。それは、二度とあの悲惨な戦争をくり返してはならない、したがって、自分の持っているものすべてを語ろうとする、切実な気持ちは理解できるが、そのことと沖縄戦を伝えることとは異質なものである、と思う。
われわれは伝えることに徹しなければならない。沖縄戦の体験者たちが残した証言とそれによって形成された戦争の普遍性を伝えることであって、それらに価値を付加し、それを押しつけてはいけない。その行為は、沖縄戦を伝えることの本質をも覆すことになり、踏み込んではいけない精神的な自由の領域である。