(第31号;2002) 岡 健介 「基地と機動隊」
昨年暮れ、12月2〜3日の出来事。予想以上に長引いた委員会が終わって、有料道路に入ったのは午後11時過ぎ。連れ合いたちが待つ恩納村の某リゾート・ホテルへと向っていた。
沖縄・日本基督教団佐敷教会に赴任してきて2年8ヶ月。はじめてのリゾート地での宿泊に、ちょっと胸をときめかせながら…。連れ合いの母と伯母の来沖に合わせて、1泊のみの「リゾート」となったのだった。
午前0時前、恩納村の某リゾート・ホテルに到着。が、そこでナンとも異様な景色を目撃。ホテルの駐車場スペースの半分に兵庫県警その他の機動隊大型車両が多数、駐車している。ざっと20台くらい。ゲゲゲッ? なんとこのホテル、沖縄へ交替でやってきている日本の機動隊の宿舎だったのである。
10月8日、アフガンへの空爆開始と時を同じくして始まった、機動隊員による米軍基地「警備」。2000年のサミットの時と同じく、「警備」と称して日本の機動隊が米軍基地ゲート前に立っている。しかし、まさかリゾート・ホテルを宿舎にしているとは…。
翌朝、朝食をとりにホテルのレストランへ。そこにはホテルにあるまじき光景が広がっていた。合宿所かスポーツジムかと勘違いしいてるジャージのいかついニイチャン・オッサンが、体育会系のノリで群れをなしている。「水着や浴衣でホテル内では歩かないでください」との断りが記されているホテルの中で、である。当たり前のことだが、雰囲気そのものは微妙に、しかし決定的に違う。圧倒的に少ない一般観光客はどうしても萎縮せざるを得ない。(後で聞いた話では10月以降、常時300名が交替で宿舎としていたとのこと)実に不愉快な「リゾート」になってしまった。
人伝に聞いたところによると、その後はホテル側も、観光客に配慮して、室外でのジャージ着用を止めてくれるよう申し入れたそうだ。すると今度は黒スーツを着用するようになったとか。
「公務中だから」という言い訳と共に。さすがに最近はもう少し、「観光客」を装うようになってるらしい。いや、確かに彼らもまた交替で「慰安旅行」を行なっているのだろう。「だいじょうぶ」な沖縄で。
気分もよくないので、早めに退散。とは言うものの、駐車場の様子を少しだけカメラに収めた。広い駐車場そのものが区切られており、半分が機動隊専用となっている。車に乗り込みながら撮影していたら、やってきました機動隊員。
威圧的な長い警棒を持った(駐車場「警備」の)オニイチャンが「どうして写真を撮るんですか?」と訊いてくる。「そりゃ、ホテルでこんなの見たら、記念に撮らずにおれないですよ」と応えると、2人連れで信号待ちのわたしを再度来襲。長くなりそうなので、もう応答はしなかった…。ちょっと怖かったし。2000年7月のサミット2日目に、佐真下公園前・普天間基地第2ゲート前での集いに参加した際、機動隊を指して「また、ヤマトの軍隊が沖縄にやってきた」と語られた方がいた。確かにあれは「軍」だった。今、繰り返し語られている「軍民共用」なんて在り方自体、そもそも存在しない。アメリカであろうと日本であろうと。その事実によって侵され続け、そのうえ未来まで狙われている島。この島でキリスト教教会の牧師であるとは、どういうことなのか。わたしはまだまだわかっていない。