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それだけでなく、米軍の事故、事件が起きるたび、真っ先に村長をはじめ村の幹部や職員が現場に駆けつけ、米軍と対峙し体をはる。ここには村民が主人公で、自治体職員は住民のために働くという憲法の視点が貫かれており感動さえ覚える。
村役場庁舎の前に、文字が刻まれた小さな石が順序よく並んでいる。村の各字の地名が刻まれている。私はいままで、この存在さえ気づかなかったのだが、「この石は、読谷村政を支えた地域力が表現されている。これだけの地域共同体が基礎となって読谷村役場がある」と小橋川さんはその意味を語った。
この後、旧「ゾウのオリ」(楚辺通信所跡)で反戦地主の知花昌一さん、米軍上陸地点でもある渡具知集落で村づくりについて大湾近常さんがそれぞれ闘い、取り組みについて話しをされた。最後に、高良鉄美琉球大学院教授が渡具知公民館で憲法をテーマに講義した。
高良教授は、先の戦争で、戦争を終結する3つのチャンス([1]45年2月・近衛上奏 [2]5月・ヨーロッパでの戦争終結 [3]7月・ポツダム宣言拒否)をことごとく潰してしまった。そのことで未曾有の苦しみを国民に与えたと指摘した上で、「だれが戦争を始め、だれが戦争終結のチャンスを潰したのか」と問い、「そのとき、国民の声は聞いていない」と断じた。戦前の帝国憲法と戦争の連関を解明したうえで、日本国憲法の主権在民、基本的人権、平和主義の3本柱が渾然一体となって「平和憲法」を形作っていると言う。「国民がなぜ主権者なのか。それは選挙のためではない。人権を守るため、戦争を起こさないため、それを監視するために主権者の役割がある」と。
「いま大事なのは、憲法をどんどん使う。憲法を盾にして国民が闘うこと。これが憲法を守り発展させる」と話し締めくくった。私は憲法第12条に強くひかれる。そこには「この憲法が国民に保障する自由と権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない」。これこそが憲法の最も言いたいところではないのだろうかと。沖縄の戦後の闘いは、この憲法を実践する歴史であるといえる。このシリーズのこれからにも期待する。(勝俣明久)
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