● ビデオの内容について
→会場から「潮平権現洞から追い出された後亡くなった住民はいるのか?」という質問が出された(それに関してはその場では確認できなかった)。証言の客観性をめぐっても、まだまだ他の証言や関連資料と照らし合わせての「検証」が必要になってくるという意見がいくつか出された。ビデオを作って終わりではなく、それをきっかけに検証を深めていくことの必要性が確認された。
【感想より】
・潮平権現について曹長らによる、壕追い出しの後、中の住民達は戦場を彷徨することになるが、犠牲はでなかったのであろうか?とても引っかかる点である。
● 証言を「映像」で記録することに関して
→多くの証言が文章で残されているが、それを映像で残すことの意味は何なのか。その映像は体験者がいなくなった時にはどのような意味を持ってくるのかという点に関してもいくつかの意見が出された。映像では証言者の表情も記録され、その思いが伝わりやすく、迫力があるという長所が確認された。その一方で、「映像は文字に比べると深く考えるのに適さないのではないか」という声や「ビデオを見ただけで現地に行ったつもりにならないでほしい」「体験者の話を直接聞けるうちはそれが一番大切」という意見も出された。現段階では映像は補完的なものであるかも知れないが、それが将来重要な意味をもつものであるという意見が多かった。
【感想より】
・「…という場面を見ました」とか「…を聞いた」という証言はこれまでよく見ました。(「自分は…」という話をすることがどんなに重く、苦しいことか…と思ってました。)今日初めて「私は…をした」という張本人の証言を聞いて心が震えました。私が住んでる読谷村のチビチリガマも「集団自決」から生き残った人たちは、当時「語らなかった」し、周りの人たちも「聞けなかった」といわれています。この言葉の中に心の傷の深さを見ることができるような気がします。金城さんの話をする一言一言に、又、淡々と語るその表情の中に、迫ってくるものを感じました。
・金城証言で「住民を軍隊の直近に引き寄せておいて、手榴弾を2個渡した時点で、自決せよとの軍の意志が伝達された」との説明は臨場感を伴って、私は追体験のようなものをしたように感じた。
・金城さんの証言はVTRでも十分に伝わるものがある(他の2本もそうであるが)。徹底的に聞いてほしい証言と誰かが述べていましたが、何回も繰り返して見ることで渡嘉敷島の現場での証言を血肉にしていくことが大事である、と感じた。
・ 金城重明氏は那覇でのお話を聞いたことがあるが、現場での「証言」は金城氏ご自身の緊張感が違った。「現場で」が大切だと思った。続きもぜひ。
・民間防空壕という言葉は、本の中で、体験者の話から聞いたことはありましたが、映像とともに話を聞いて具体的にイメージができました。が、やはり素晴らしい映像であってもその場で見て、聞いて、自分がどう感じたかを抜きには伝えたいほかの人に話してもただの説明になってしまうのではないでしょうか。金城さんの証言は情報や説明じゃなく、どう話を聞かせてもらって、どう自分が受け止めるかと(ビデオ作成者が…報告者注)言われたとおりだと思いました。映像を見て、それで終わりにしてはいけない。自分が足を運んで、その場で証言者と向き合わないと。
・ 映像資料はどんな人が語ってるのか、どんな人が戦争体験者で、その人がどんな表情、どんな声の調子で語ってるのかを見やすいとは思う。証言を読むのと、証言を映像で見る(聞く)のとは想像できることが少し違うんじゃないかと思う。
〈文字〉…時には止まり、行間を想像することができるため、いろんな想像、いろんな感情移入ができる。
〈映像〉…聞き取れた言葉で即時的にその場の状況を想像していくため、立ち止まってじっくり考えるヒマがないのが私にとっては難点