2005年11月20日(日) 第7回なんくるフィールド塾
 「心に海染みり〜環境と生活を守る闘い


 講師の真喜志好一氏は、沖縄が日本に復帰する3日前、1972年5月12日から14日まで沖縄タイムスに「近代化−その落とし穴をつく」という表題で連載を書かれていました。「願わくば海洋博を流産させ、基地をはじめ資本家に払い下げられそうな国有林、すべての土地を私たちの手に取りもどし、あらためて貧しさの中から再出発を考える事が、守礼の民とおだてられてきた沖縄の主体確立のためには必要ではなかろうか。親たちが方言札をぶら下げたという、いつかきた道を決して歩むまい」と述べています。

 あれから33年たった今でも、この言葉は私達の胸に突き刺さります。「癒しの島」とおだてられ、巨大な基地を引き受けろと札束で頬を殴られている沖縄。本土資本に搾取されるのに飽き足らず、自らもすすんで「方言札」を下げ、同化へとまっしぐらな沖縄。こんな沖縄を、29歳だった真喜志さんはすでに想像していたのだと思います。だからこそ「貧しさの中から」でも再出発することを訴えられたのではないでしょうか。今回のフィールドは、沖縄の原風景に立ち返り、失ってしまった自然と今からでも守ることができる自然をもう一度見つめなおすことがテーマでした。

 最初の見学地は平安座島CTS(石油備蓄基地)闘争現場。1972年、雇用の場ができ自治体の固定資産税収入が増えると期待され建設された石油精製工場やCTSでしたが、原油流出やプラントの火災などの事故を重ねてきました。2年前に倒産し、現在はほとんど稼動していないそうです。参加者の間からは「雇用の場として期待されたが、実際に基地を管理しているのは高性能のコンピューター。それを扱える人間でなければ雇用の機会はない。地元の人は5名ほどしか雇用されていないはずだ」との話もきかれました。

 CTSの代償として建設された海中道路は、建設のため4.75kmにもわたって海を埋め立て、金武湾を完全に分断してしまいました。その結果潮流が変わり、珊瑚は死滅、魚たちも寄り付かない海になってしまったのです。1973年に結成された「金武湾を守る会」は、その後の金武湾地区開発構想を断念させ、県内各地域の自然保護運動へと影響を広げていきます。新石垣空港の建設をめぐる白保の海を守る運動へと継承され、それが現在泡瀬干潟を守る運動へとつがってくるのです。

 最近の海中道路は、道路の脇に砂が集まり始めていて、違う環境がつくられ始めています。人間には予想もできない自然のルールがあるのだと思います。

 次に向かったのは海洋博会場と本部町備瀬の集落でした。平和憲法下への復帰を願った沖縄県民にとってそれが幻想だと気づいたとき、「県民の不満を解消するためだけに企画されたのが海洋博だった」と真喜志さんは言います。開催に反対した真喜志さんは、自身の職場で開催された海洋博の意義を説く講演会で「全世界の海洋研究の中心的役割を担うことになる」という講師の発言に「沖縄は亜熱帯の海である。にもかかわらず、全世界の中心になるとの発言はいかがなものか」と質問をぶつけ、講演会を中止に追い込んだという「実績」もお話されました。

 備瀬の集落はフク木並木に囲まれて、冷たい雨や風から守られていました。並木道を歩けば、石や土のにおいが木々のにおいと一緒になって私たちを包んでくれました。ここだけは時間が穏やかにゆっくりと流れているような気持ちになりました。しかし一歩海岸へと足を延ばせば、人工的に作られたビーチのせいで海岸線が破壊され、護岸工事が進み、コンクリートの無味無臭な風景が続いています。対照的な二つのこの景色は、沖縄が本来あるべき姿と今をよく示している気がしました。

 そのあと、大浦湾では辺野古海上基地の現在の政府計画と今後の展望をお聞きし、辺野古テント村ではジュゴンの紙芝居を見せていただきました。泡瀬では埋め立ての問題点を「連絡会」の前川さんにお話いただきました。それぞれの現場で毎日闘いと向き合っている人々の言葉に接すると、今の自分にまず何が出来るのか何をしなくてはいけないのか、やらなきゃいけないことが多すぎて問題だらけの沖縄に胸が苦しくなりました。

 真喜志さんによると、住民運動を進めるときには3つのポイントがあるそうです。

@「闘いは野球方式ではなくサッカー方式で」。攻守は常に同時に進んでいる。守りについていても、次の攻めに入る準備をしておかなければならない。守るだけ、攻めるだけではだめだということ。

A「闘いの中でピラミッド構造をつくるな」。一人一人の意見や力を尊重し、それをネットワーク化すること。一人が倒れてもつぶれない闘いを。

B「新聞情報に頼らないこと」。現場の第一次情報を尊重し、マスコミの手による報道に翻弄されないこと。

 なんくるフィールド塾もいよいよ最終回。第7回「心に海染みり」は、終日雨に降られ「体に雨染みり」の寒い一日となりました。しかし参加者はそれ以上の熱さで講師の話に耳を傾けました。「未来志向」で生きること、それは過去の出来事から確かな教訓を導き、未来をどう生きるか判断する素材として、それを生かしていこうとする姿勢を指す。長い歴史のほんの一部を生きているにすぎない私たちは、傲慢さを振りかざすことなく、自然を敬う姿勢を失ってはならないと思いました。分かっていたつもりだけれど、今日、破壊されてしまった現場に立ってみて、心からそう思いました。真喜志さん、素敵です。



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