2005年6月26日(日) 第2回なんくるフィールド塾
「島ぐるみ闘争(銃剣とブルドーザー)」

 浦添を出発して最初に向かったのは、宜野湾コンベンションセンター前にある宜野湾市ポケットパーク。キャンプマーシー跡地であるこの場所には、前宜野湾市長の建立した竣工記念碑がある。碑の前で大西講師による説明があった。こういった記念碑はもっと大事にして、きちんと残しておくことによって「物に語らせる」ことが出来ると。日頃私は、南部戦跡の案内が多いので、慰霊碑の碑文などは関心をもって見て歩くが、こういったものは案外見過ごしていたと反省した。

 車窓からターンム畑を見ながら戦前の伊佐浜は沖縄の三大美田の一つだったことを聞いた。移動するバスの中では、米軍基地建設の概要などの説明があった。

 次に訪れたのは北谷のサンエー。屋上に上がり、キャンプ端慶覧を前に伊佐浜の土地闘争について前原さんに語っていただいた。雨宿りしながらのお話だったが、当時現場にいた人ならではの生々しさが伝わってきた。高宮城さんにはバスの中で話をしていただいたが、ご自身が書かれた「軍事即決裁判」の詩を朗読されたのには心打たれた。自分の知らないうちに、涙が出ていた。

 小雨の中、元民政府跡地では伊江島から来ていただいた平安山さんに乞食行進の話をしていただいた。また、最後の小禄(具志)の土地取り上げは、モノレールに乗ってその場所を見下ろした。

 圧倒的な米軍の暴力の前に屈することなく、ねばり強く非暴力の抵抗を続ける民衆の姿。講師の大西さんはこれを「阿波根主義」と簡潔に言い切る。「阿波根主義」こそ、島ぐるみ闘争から生まれたものであり、今、しっかりとヤンバル(辺野古、伊芸)の米軍基地建設反対運動に引き継がれているのだ。闘争の原点を見た気がした。


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